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「折る」 と 「祈る」

漢字が似ているのに、意味が違う 「折る」 と 「祈る」 。
言葉からインスピレーションを得て、なにか作れないか思案中。

編みを 「折る」 ことで 「祈る」 形を作ろうと、ダンボールで試作。
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編みは縁がないとバラけてしまうので、どのように縁処理をするのかが問題です。
布や紙との大きな違いです。

ダンボールの切れ端。
これはこれで自立しそうな気配がします。
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by first-nakatomi | 2016-05-31 08:57 | open process

技術

かれこれ2ヶ月近くも取り組んでいる作品。
平行していくつか制作しているとはいえ、なかなか難儀しています。

技術的な作品は、腕を鈍らせないために必要なので、
意識して定期的に取り組んでいます。

もちろん、受け手がいてこそ成り立つことです。
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真ん中の針金の使用は失敗。
漆を塗った時に、鉄分と反応して薄っすらと黒くなりました。
ビニールでコーティングされた針金を次回からは使います。

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by first-nakatomi | 2016-05-26 21:17 | open process

自分を超えたところに自分が出るパラドックス

内田樹さんの『街場の文体論』という本を読んでいて、考えさせられる所が多。

文体論の講義録なんですが、作品制作にも当てはまるので、
ついつい夜更かしして読んでしまいました。

良き文が生まれる時のように、竹の作品も
没入して我を忘れた時に、逆に個性的な凄いものが生まれる。
図面で書いたとおりに(頭で)作っても面白いものはできないから。

作品の意味をわかっていて作ることは、創作ではない。
わからないから作る。
ただ、それを作らなければいけないことだけはわかっている。
そして、後からどうしてその時それを制作したのかを理解する。
全てに通じる奥義のような気がする。

勉強も同じで、どうして役に立ちそうもない数式や年号を学ぶ必要があるのか
学ぶ時にはわかっていない。
でも、大人はあの時もっと勉強しておけばよかったと、皆後悔する。
大切さは後で分かります。
学びの本質と、制作の本質は似ています。
by first-nakatomi | 2016-05-08 22:15 | thinking

ブラタモリと竹籠

ブラタモリを観ていて、竹籠と共通する見方に気づきました。

「縁」(ヘリ/フチ)、「際」(キワ)

タモリさんが地形を見る時に、「坂」とともによく出てくるポイントです。
竹籠を見るときに、通はどこを見るかというと、「縁」と「際」です。
作るのが一番難しいところだから。

籠全体における縁のバランス、際の処理の仕方は
制作者の実力が、一番出る所でもあります。
by first-nakatomi | 2016-05-07 22:06 | thinking